プロフィール(事件発生その後~現在)

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スピリチュアルライフコーチ

日本に帰ってから、また違う扉が開き始めました。「スピリチュアルライフコーチ」の一期生募集のお知らせです。

私自身は、坊主である祖母が、不動明王とお話をして、訪ねて来る大勢の人の相談に乗ったり、地鎮祭、お祓い、星祭などいろいろ行われていたので、スピリチュアルといわれるものに何の抵抗も無かったどころか、むしろ好きだったような気がします。

以前から、スピリチュアルについて、気になるもの、知りたいものなどはどんどんワークショップなどに参加しながら、学んだりしていました。でも、何処へ行っても、そのスピリチュアルを教えてくれる人達は、みんな幸せそうでもなく、また豊かでもなかったので、いつの間にか、スピリチュアルから足が遠ざかっていたのです。

この「スピリチュアルライフコーチ」を主催する方は、以前ソニーに勤務していて、当時はバリバリの企業戦士だったこと。そして、そこから、自身の出来事から、スピリチュアルに転身したとの経緯でした。スピリチュアルに転身する際も、「頭がおかしくなったのか?」と思われるのが怖かったという経緯も書いてありました。

私が欲しかったのは、この情報だ。人生経験も、金銭的にも豊かな人が教えるスピリチュアル

地元福岡での説明会。私には1歳にも満たない乳飲み子がいるので一人では参加出来ません。姉に早めのスケジュールを押さえてもらい、説明会に参加。そして、ヨガナンダの後押しもあって「幸せは自分の中にしかない!幸せはチョイスなんだ!」と即日決定。

そこからスピリチュアルライフコーチの学習が始まったのです。そこでは、人ぞれぞれ、人生の出来事を振り返らざるを得ない状況になっていて、自分の人生の課題、どうやってクリアするか、そして、「自分で自分の人生の筋書きを書いて生まれてくること」を学んだのです。そして「人生の出来事には意味がある。」という事も。

という事は、人生前半終わってからの、このどん底人生は「もしや、私が計画してきた?」「もしや、その計画を素直に遂行してくれただけなの?あの人は?」と彼への見方が変わったのです。本当に。

そして、LA(ロサンジェルス)で開かれる勉強会に合わせて、今住んでいるところを引き払って渡米することに決めたのです。そのためには一気にいろいろと処分するものが出てきます。乳飲み子を抱えたままでは到底終わりは見えません。そこで、大決断。大英断です。

彼に、日本に来て、手伝ってもらいたいこと、それから、一緒に渡米する事。私が勉強会の時は子供を見ていてほしい事を細かく全て伝え、そして、全部了解を得て、目標が出来ました。

そして、日本へかたずけのためだけに訪れ(裏の目的はスシとサシミと焼き肉も!)、いろいろと売れるものはアメリカンコミュニティへと売ってもらい、慌てふためき予定時間を過ぎながら掃除を終え、とうとう日本を後にしたのでした。

(決断をしたから動き出した!)

またまた事件発生

LA(ロサンジェルス)での勉強会も無事終え、ちょっと、ディズニーへ寄ったりしながら、夜中に、WV(ウエストバージニア)へと戻りました。そして、私たちの為にと購入された家へと入りました。なんだかわからない違和感はあったものの、早速、住みやすいように改善開始です。

この時もまだ正式ビザもなく、90日のただの観光ビザ扱いです。

そして、いろいろ疑問が湧いて、なぜこの家なのか?どうやって決断したのか?なぜお隣さんはこんなに親切なのか?と質問責めにするうちに、「ウソやーん!」というまた第二の出来事が!

ここは、なんと、この家の持ち主が、この家の中でドラッグ中毒の実兄によって銃で殺害された、という家だったのです。銃社会に住むアメリカ人は気にしないのか、そこをきれいにしてそれでおしまい。「えー、ウソやーん!」です・・・

もう、もう、もう、いかりに震え、あり得ん!あり得ん!あり得ん!と唱えながら、「普通買わんよね?普通、相談するよね?」「普通さ、普通さ・・・」と姉へ怒りの報告電話!

「あー、でももう買ったんだよね?」と言われて、とりあえずは、愚痴のオンパレードで終了。怒りのおさまらない私は、じっとしてられずに、スピリチュアルライフコーチの仲間に苦しい胸の内を投稿しました。

すると、何人かの人から

①「浄化。浄化。浄化。浄化出来る人教えるね。」

②「気にしないのが一番じゃない?」

極め付けは、とメンターからのお返事。

③「何が気になるの?」「気にしない事をおススメします。」と言われ、「何が気になるって人が亡くなってるんだよ?寝れないよね?」って知らずに3日ほど寝たけどさ!

メンターかわ言われた事をちょっと理解しようと思って、考えると、

①人が亡くなっているのに、その報告もなく、購入したのが許せない。

②何故事前に相談しないのか。

③賃貸でもよかったのに!

これが主な私の不満材料でした。で、たまたま様子を見に来てくれていたお隣さんに話をしてみたのです。

実は、その事件当時の第一発見者がそのお隣さんのその彼女だったのです。今も、その後遺症・PTSDに苦しめられているとの事。彼女は亡くなった彼女の義理のおばに当たるらしく、彼女とはいつも楽しく、一緒に過ごしていたんだとか。

そこで、私の彼に対する不満を全部上げると、彼女は、

「亡くなったミシェルはとっても、子供好きで、料理好きで笑顔のかわいい、とっても愛される人だった。その彼女はあなたたちが来てくれて喜んでくれていると思う。人を恨むような人ではないから安心して。もうとっくに天国に行っていると思う。」を言う話をしてくれました。

それを聞くと私は涙があふれて来て、「ミッシェルは私たちを受け入れてくれたんだ。私たちは、ここに住まわせてもらってるんだ。ああ、ありがたい!」という感覚に変わっていったのです。

朝、不満を投稿して、そしてお隣さんに会い、そして夕方には、自分の心の変化にびっくりしながらも、「ミッシェルに感謝」している自分がいたのです。彼女の為に、セージを焚き、彼女の為にお花を供え、心の中で祈りました。

そして、もし、彼が私に相談していたら、私は頑なに拒んで、ここにやってこなかっただろう。そしたら、この3人で住む幸せもやってこなかっただろう。

ああ、気にしないってこういう事なんだ。幸せはチョイスだってこういう事なんだ。って実感したのです。

この経験があってから、「感謝すること」そして、「気にしない」が私の元になっていったのです。案外、他の人も、自分の事を気にしていないと思いますヨ!

「感謝すること」ってなんだか大変そうに聞こえるかもしれませんが、そんなことはありません。日常のほんの小さな事でいいんです。自分自身、自分の体、そして家族、そしてお隣さん、その周り。遠く離れた家族など。意識は繋がっています。良い波動を出すと良い波動は巡り巡って返ってきます。(私の大好きなフレーズ。Goes around, Comes around)

そして、この今の自分の場所を一生懸命生きる事が、まだ未知の次の幸せにつながるのです。

アメリカ生活

子供が3歳になり、少し自分の時間が持てるようになってきたので、日本の皆さんと、インターネットを使った、オンラインでコーチング活動をしています。

そして、現在も、いろいろと人生に彩を与えてくれる(?)彼と結婚し幸せに暮らしています。

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tomoko mitsune
光根 智子(ミツネ トモコ) /Tomoko Mitsune   システムエンジニア、米海軍基地でデンタルハイジェニスト(Dental Hygienist) として勤務後、米国アメリカへ渡り、【あなたの光、Highest Good(最高に良い状態)へ】をコンセプトにライフコーチとして活動中。