プロフィール(事件発生)

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海軍病院終了時

ここで不思議なのが、私の歯科衛生士としての契約が終了するのとほぼ同じタイミングで、私の「妊娠」が発覚しました。契約が終了するときには、「閉まる扉があれば開く扉もある」という事を良く話していたので、こんな扉が開くとは思ってもみませんでした。

とくに結婚願望が強かったわけでもなく、40代になっても、あまり生活スタイルが変わるわけでもなく、昼休みには、ヨガクラス、仕事が終われば、大学に通い、大学の無い日には、ヨガ、ピラティス、ズンバに通う。そんな毎日でした。

その当時付き合っていた彼は、海軍を辞め、アメリカに戻るところでした。「妊娠」が発覚する前、私も仕事が契約終了だったので、「3ヶ月ほどアメリカに滞在するか!」くらいのカンジだったのが、いざ「妊娠」それも「初妊娠」です。おまけに、その時期のアメリカ全土はどこも猛吹雪、絶賛大雪警報でした。なのに、ワシントン州から、ウエストバージニアまで車で1週間以上かけて帰るといいうじゃありませんか!

長時間飛行機、長時間ドライブどころじゃありません。母体優先、母体優先!私は、日本滞在を決意し、沖縄に残りました。その時、猫のサンディを置いていってくれたので、私はサンディとの生活が始まりました。

さて、そんな穏やかな時間が流れる中、ある時、知らないアメリカ人女性からメッセージが来たのです。でも、あんまり意味不明でほったらかしに。するとまたおんなじ女性からのFBメッセージ。「あんたのボーイフレンド、私と一緒にいるよ♡」というメッセージが来て、「ん?」と思ってそのアメリカ人女(失礼!)のFBをみると、なんと、タイムラインに彼の写真をアップしているではありませんか!

速攻、私は日本のLINEでコール。すると、彼はびっくりして、認めはしたものの言い訳を始めました。すぐさま、別れるというので、私の電話をオンにしたまま、別れの電話をかけさせました。そして一旦は別れた模様。しかし、ここから、彼の家族も巻き込んだ大騒ぎに発展!

今度はそのアメリカ女(失礼!)が夜中に忍び込んで、彼の(アメリカ特有)ビックトラックのガラスを割って、警察沙汰に。オーマイガッ!(ムービーか!)

彼は、私が妊娠していることをまだ内緒にしていて、私が彼の家族に報告するという展開に。もちろん、家族、周り、グランマまでも全部私の見方。今度はFB上で彼母とアメリカ人女(失礼!)がケンカを始める始末!(嗚呼、アメリカらしい展開!)

ま、そんなこんなで続くわけですが、その女(失礼!)からはひっきりなしに私に自慢メッセージがくる訳です。でも、私は心を鬼にして、「同じステージには立たない!」と全てのメッセージを無視し、全て彼にその都度電話。そして、ある時、私が電話をすると、私のラインにその女(失礼!)が返事をしてきたことがあって、もうブチ切れて、全て終わった事、もう私たちは2度と合わない事、私はシングルマザーになる事、きちんと養育費だけは払えという事を告げ、電話を切ってからは、泣きに泣きました。

それからは、私は、一切を誰にも告げず、お腹の子供の為に、良いと思えば、料理クラスに行ったり、援農というシステムに参加したり、畑の学校へ行ったり、そして、自分の楽しみの時間の中国茶の会へ参加したり、そして、時には、胎教のために、薪割りをしたり、仕事をせずにのんびりと過ごしました。

私が出産する病院を決める時も、紅茶の先生のおススメで、かなり昔に参加した自然出産のワークショップで聞いた「出産は気持ちいい!」という言葉を思い出して、「出産って鼻からスイカが出るカンジ!」ってみんなが噂しているのに、その「真意」を探るチャンスだ!とその当時もらった名刺を頑張って探し出し、その助産師さんに連絡をしてみたのでした。

すぐに会ってお話して、「年齢がね・・・」と言われ、有名な自然出産のクリニックを紹介してもらいました。その名前が、その前日のメイクのワークショップでもおススメされたものだったので、もう間違いないと即決。その日のうちに予約を取り付けました。

それからは、不思議な縁がぞくぞくと続く妊婦時代を過ごしました。ブックオフでたまたま買った本を書いた人がそのクリニックで開くお話会に偶然、参加出来たり、胎話士の人のステージに妊婦代表で上がったり。(その時に、遠回しに赤ちゃんが「いろいろうるさいと言ってるよ!」と言われてケンカばかりしていることを暗に伝えられました。)その当時は、別れたものの、よりを戻したい、悪かった、と連日連絡が入っていたころで、私は、容赦なく、彼を責め続け、聞いていたお腹の子はうるさかったんだと思います・・・

そして、私は出産が近づくに連れて、やっぱり「父親」としてのチャンスを与えてもいいんじゃないか?と思い直し、彼に「日本に来て出産を手伝うなら来てもいいよ。でも、もし来ないのならもう二度と会うチャンスはないよ?わかる?」って事を伝えました。

彼は日本に来ることを選択。今思えば、子供より、寿司、サシミの魅力だったのかも・・・と思える節もあったりして・・・

そして、彼が日本について、クリニックでの必須カリキュラム、父親教室みたいなのに(仲良しを装って)一緒に出席。無事終了。そして、朝っぱらから、けんかの最中にどうやら破水。ちょうど破水について学習したばかりだったけど、「まさかねー?」と「念のため」連絡してクリニックへ。予定より2週間も早いので余裕をかましていたら、なんとそのまま入院。

次の日、最初は「ちょっと観光でもしてお休みしたら?」と言われていたのに、いざ出かけようとすると、先生から、割と緊急に処置が必要であること、のんびりはしていられない事を説明され、そのまま促進剤をすこーしずつのみ、自然陣痛へつなげていくことを開始。その時に、彼は痛がる私の背中をマッサージし、腰を押さえ、一晩中、出産を手伝ってくれました。憎い気持ちはあったはずなのに、でも、彼がいないと出産出来ないという状況。

今は出産を第一に、わが子に集中。と自分を鼓舞!

そして、12時間かかって無事男の子誕生。(12時間と言っても、これは安産の範疇らしい!)尊敬する大好きな友達の提案で、彼がファーストネーム担当大臣に。私が日本語のミドルネーム担当。無事に名前も決まり、順調に回復。先生も驚く、高齢妊婦出産後の回復ぶりに私もびっくりし、退院の日を迎えました。

子供に集中することで、なんだか、過去のあんな出来事も「あー、そんなことあったよなー・・・」なカンジになっていました。

アメリカ帰国まで

ビザの期間は3ヶ月。それまで、父親業は続きます。主な事は私がやるけど、病院からのお達しで「炊事」「洗濯」はせずに「赤ちゃん命」で。と言われていたので、私は一切炊事はせずに、全部お願いすることに。しかし、アメリカ人の食事は「ステーキ命(偏見!)」なので、健康なお弁当を買ってきてもらったり、私は納豆主食のご飯でした。

私は授乳に追われ、ろくに眠れず、ケンカも増えたり、しかし、彼からは子供への愛情、また一緒にいたい、子供への責任なども話すようになり、徐々に私もそれを受け入れるように。

そして一緒に私の実家へ戻り、お宮参りなどを済ませ、一家団欒。もちろん、うちの家族(姉以外)は何もしらないので、大歓迎で、みんな大騒ぎ。でも、私と姉は複雑な心境。

そして彼、帰国。

彼、帰国後その後

定期的に連絡はとりつつも、同じ距離を保つことに。そして、私の人生の大親友となった英語の先生で、わが息子のゴッドマザーでもある、バーバラの「是非会いたい!」との要望で渡米することに。期間はビザなしの90日。その時に、最初に彼のところに行ってみて、変化があるようなら前向きに考えようと決意。

しかし、会ってみたものの、あまり喜ばしい変化はなく、小さな息子と二人で、飛行機にてバ―バラのいるNY(ニューヨーク)へ移動。そして、彼女のもう一つの家があるNH(ニューハンプシャー)へ8時間のドライブで移動。初めて、息子を託してランチをしたり、スノーシューで遊んだり。そして私も帰国の時が迫ったので、彼にお迎えを依頼。WV(ウエストバージニア)からNY(ニューヨーク)へは9ー10時間のドライブ。

さーてどうなるかと思ったら、なんと時間ピッタリに到着。そして、バーバラもバーバラの旦那さんも、なんと!彼を気にいってしまい、なんとかよりを戻す方向に。

その時にバーバラが私に、(日本の経営者たちがこぞって読んでいるという!)パラマハンサ・ヨガナンダの本を5冊セットでプレゼントしてくれたのです。その中の一冊がコレ↓

HOW TO BE HAPPY ALL THE TIME(どうやっていつも幸せでいるか)

これですよねー!今の私が一番必要なのは!

で、コンテンツ(目次)をチェック。

「 1. LOOKING FOR HAPPINESS IN THE WRONG PLACE (間違った場所で幸せを探す)」← もしかして私ここ?

「 2. HAPPINESS IS A CHOICE (幸せはチョイスである)」← ナヌー!チョイスしてないってこと?

読んでみる。

(1の最初部分)

Happiness is not a thing: It is a state of mind. It must be lived.(幸せは「物事」ではない。それは心の「状態」なのだ。それは、生きている(に違いない)のだ。)

True happiness is never to be found outside the Self. (幸せは決して自分の外側には見つけられない。)

↓そして

(2の最初部分)

If you want to be sad, no one in the world can make you happy. But if you make up your mind to be happy, no one and nothing on earth can take  that happiness from you. (もしあなたが悲しみを欲しているのなら、世界中の誰も あなたを幸せには出来ない。だけど、もしあなたがあなたの心を幸せにすると決めたなら、誰も何もこの地球上において、あなたから幸せを奪う事は出来ない。)

これを読んでなんとくわかったのです。私の状況が。いつもいつも誰かのせいにして、「私は正しい」をかざして歩いていた、私自身が見えたんです。

そこから、9時間ぶっつつけで、運転してくれて、無事夜中に(WV)ウエストバージニアに着きました。そして私の帰国の時も近づき、結局進展の無いまま、5冊のヨガナンダの本と共に日本への帰国となったのです。

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tomoko mitsune
光根 智子(ミツネ トモコ) /Tomoko Mitsune   システムエンジニア、米海軍基地でデンタルハイジェニスト(Dental Hygienist) として勤務後、米国アメリカへ渡り、【あなたの光、Highest Good(最高に良い状態)へ】をコンセプトにライフコーチとして活動中。